カゲロウ酔夢譚

大好きなフライフィッシング、永い付き合いのジャズ、そして気まぐれな旅や愛してやまないお酒の話など、今日もほろ酔い気分で独り言
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パコ・デ・ルシア逝く
 ギタリストのパコ・デ・ルシアが66歳で亡くなった。

アル・ディ・メオラ、ジョン・マクラフリン、パコ・デ・ルシア。3人のギタリストの超絶技巧にびっくりさせられるライブ版。

パコはその名前から分かるとおりスペイン人で、フラメンコギタリスト。彼の情熱的な演奏は、二人のジャズマンの音と相俟って、聴く者を圧倒する。

あっという間に2月が終わってしまった。

渓流が解禁になったが、つり始めはいつになることやら。

「暗く聖なる夜」マイクル・コナリー著(講談社文庫)
ハリー・ボッシュシリーズの9作目(?)

ジャズテイストいっぱいのミステリー。
今までこのシリーズは4作しか読んでいない。やっぱり通しですべてを読んでみよう。コナリー上手い。
JAZZの魅力 | 12:32 | comments(0) | trackbacks(0)
津軽三味線
以前にも書いたことがるような気がするが、津軽三味線の音色が大好きだ。いや好きだというより、あの音に体全体が、内からも外からも揺さぶられるという感じで、どうにも自分自身がコントロールできなくなってしまう感じなのだ。

初めてあの太棹と呼ばれる津軽三味線の音色を聴いて、妙な感覚を味わったのは、いつごろだったか全く覚えていないが 、「これは日本のジャズだな」なんて生意気にもまた青臭くもそう思った記憶があるので、本格的にジャズにのめり込み始めた中学生の頃だったかもしれない。

かく言う私だが、実は生で津軽三味線の演奏を聴いたことはない。家族でねぶた祭りに行き、“跳人”として大いに楽しんだときも、聞く機会はなかった。有名な高橋竹山氏の演奏や青森の地元の大会や民謡酒場の様子がテレビで放映されると、つい食い入るように見入ってしまうのだが・・・・。そして恥ずかしいけど白状すると、あの激しくももの悲しい音色を聞いていると、自然と涙が出てくる阿仁多オヤジなのでした。

先日、新宿駅の西口で、一人のおじさんが、あの太棹を叩いていた。

道行く人の反応は写真のような感じであったが、僕は一人かなりの時間佇んでしまった。

年季の入ったおじさんの姿を、真正面からアップで写真に撮りたかったが、勇気がなく声を掛けられなかった。後で大いに後悔した。

おじさん、僕にとっての初ライブ、ありがとうございました。また是非来てください。

JAZZの魅力 | 11:52 | comments(4) | trackbacks(0)
ジョージって?
 吉祥寺のことをジョージとかジョージタウンと呼ぶには年をとり過ぎているし、そもそもそんな呼び方、今時の若者だってしてないか。

まあそんなことはどうでもいいけど、吉祥寺は間違いなくジャズが似合う町だと思う。40年前に大学生の僕が初めて吉祥寺に来たときは、すでにたくさんのジャズ喫茶があった。そして嬉しいことにその多くが、今も営業を続けていてくれるのだ。ジャズという音楽を単に店のバックグラウンドミュージックとして使っているのではなく、しっかり腰をすえて音楽をきかせてくれるジャズ喫茶やライブハウスが根付いている町吉祥寺は、今晩もおじさんを魅了する。

先日仕事帰りにぶらり。

伊勢丹デパートの後に出来た商業施設「コピス吉祥寺」の路面ステージでジャズライブをやっていた。名前も知らない若いプレーヤーのトリオだったが、非常に高いレベルで「チュニジアの夜」を演奏していて、思わず聞き入ってしまった。CDは買わなかったけど、ちょっと投げ銭は多めにね。

日々吉祥寺は町の様子を変える。消えていく風景の中には、「残して欲しいのになあ」と思うところも多いが、そんなところも新しくなってしまうと、以前そこに何があったのか、すっかりえ忘れてしまうのだから、人の感傷なんか案外はかなかったりする。

このイギリスのブランドは、娘がロンドンから嫁に雑貨を送ってくれていたので知っていた。結構街中で目につく気がする。パルコのこの部分に以前何が入っていたかなんて、おじさんにわる訳なし。
JAZZの魅力 | 22:41 | comments(0) | trackbacks(0)
マイルス没後20年
マイルス・デイビスが亡くなってもう20年が経つなんてことは、とても信じられないことだ。というかまだ生きているような気がするし、実際彼の音楽は、今聞いても全く斬新的で新鮮だ。

マイルスファンは、60年代後半からの電子楽器を多用した彼の演奏を、好むか好まないかで大きく分かれるのかもしれない 。僕はちょうどその時期に本格的にジャズという音楽にはまり込んで行って、マイルスの「ビッチェズ・ブリュー」で思い切り頭を殴られたので、それ以降のマイルスに全く違和感はなく、またそれ以前のマイルスも大好きである。

先日NHKで、「ジャズの帝王 マイルス・デイビス 没後20年」という番組をやっていた。画面にはマイルスのほかにも、ビル・エバンス、ジョン・コルトレーン・ロン・カーター、ハービー・ハンコック・ジャック・ディジョネット、チック・コリア・・・・・・・などなど、そうそうたるジャズジャイアンツが周りを固めていて、マイルスの偉大さを物語っていた。

思わずテレビにかじりついた。

とにかくかっこよすぎます。先に進み過ぎていたのかもね。

この番組の中で、後日(10月1日の深夜1:40)伝説のライブといわれていた、厚生年金ホールのライブ映像が発見され放送するとの告知があった。録画予約完了。
JAZZの魅力 | 09:28 | comments(0) | trackbacks(0)
油蝉
9月22日の朝我が家を出ると、油蝉の鳴声が会社への背中を押してくれた。何かが変だ。

 久しぶりに新宿のジャズ喫茶「DUG」に寄った。

コーヒータイムなので、人もまばらだった。店全体に染み付いているコーヒーやウイスキーやそしてタバコなどがない交ぜになった匂いが何故だか心地よい。



家に帰って、夜、ネットラジオでクラシックジャズを聴いた。

風は秋のものになっていた。
JAZZの魅力 | 20:27 | comments(0) | trackbacks(0)
フレディ・ハバードの死を悼む

 天気のよい休日を、久しぶりにジャズのレコードを出してきて、ゆったりとした気分で過ごした。きっかけは昨年末29日にジャズトランペッターのフレディ・ハバードが70歳でなくなっていたというニュースを聞いたからだ。

僕が高校生になって本格的にジャズが好きになっていったきっかけは、マイルス・デイヴィスを知ったからであり、そしてマイルスの近くで(グループの一員として)演奏していたミュージシャンを追いかけて聴くようになったことにより泥沼にはまって行ったといってもいい。フレデイ・ハバードもその一人だ。

最初にフレデイ・ハバードの名前を知ったのは、マイルスのいない「マイルスコンボ」を率いてハービー・ハンコックがリリースした「処女航海」の中で、マイルスの代わりにトランペットを吹いていたからだ。その1曲目に収録されている「処女航海」の彼のソロが素晴らしい。とてもメロディアスだがものすごく力強い。高校生の僕は一発で圧倒されたのだった。

写真後ろがハービー・ハンコッククインテッド「処女航海」(ブルーノート・BST−84195) 帯にはハンコックのことを「注目の新鋭黒人ピアニスト」なんて紹介があって時代を感じます。

前の写真はクインシー・ジョーンズ率いるビッグバンドの名盤「クインテッセンス」(インパルス・A−11)このアルバムの中でフレディ・ハバードはサド・ジョーンズと熱いソロプレイを繰り広げています。

フレディ・ハバードリーダーアルバム「ストレートライフ」(CTI・SR−3311)
彼のリーダーアルバムの中では、」この作品の前に発表された「レッドクレイ」が有名だと思うけど、残念ながら僕は持っていない。このアルバムは高校生だった僕がレコードを買うのはいつも“ヤマハ楽器の広島店”で、そこのメガネをかけたやたらジャズに詳しかった「お姉さん店員」から「フレディ・ハバードの新しいアルバムが出たわよ。」と教えられて即買ったもの。
パーソネルもジョー・ヘンダーソン、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、ジャック・ディジョネット、ジョージ・ベンソンと豪華。
フレディ・ハバードのハイノートのトランペットとジャック・ディジョネットのドラムのかけ合いで始まる1曲目「ストレートライフ」はとても印象的。

新しいプレーヤーを探して聴くことがなくなってしまっている昨今では、好きなジャズプレーヤーがどんどん亡くなっていくのは本当に寂しいかぎりだ。

今日という穏やかな一日を与えてくれたフレディ・ハバードのご冥福を心からお祈りしたい。

JAZZの魅力 | 17:15 | comments(0) | trackbacks(0)
ジャズ喫茶に行こうー四谷「いーぐる」
四谷のジャズ喫茶「いーぐる」は、音楽評論家である後藤雅洋氏が慶應義塾大学在学中の67年にオープンした老舗ジャズ喫茶だ。僕は今では数少なくなった“硬派”の「いーぐる」が好きで、仕事の途中の空いた時間などに時々訪れている。

67年と言うと僕はまだ中学生であったが、それまで聞いていた洋楽のプログレッシヴロックから、電気的なサウンドや8ビートを取り入れていたマイルスなどの新しいジャズに興味を持ち始めていた頃だった。(ずいぶんませたガキだったかなあ)

その後藤さんが書かれた本『ジャズ喫茶四谷「いーぐる」の100枚」(集英社新書)を大変興味深くまた懐かしい思いに駆られながら読むことが出来た。この本で採り上げられている100枚のアルバムについては、そのプレーヤーや楽曲に対する後藤さんの思いがストレートに表現されているだけでなく、当時の時代背景や世相などもうかがえて面白い。

後藤さんが述べられているように、60年代は大きくジャズが変わっていった年代で、それは先に書いたように、マイルスが電気的なサウンドを取り入れて大きな物議をかもし出したり、それがさらにすすんでフュージョンにつながって行ったりしたのだ。僕はそんなマイルスの「イン・ア・サイレントウェイ」や「ビチェズブリュ-」「ソーサラー」「マイルス・イン・ザ・スカイ」「アガルタ」などによりジャズにはまっていったので、ジャズが変わったなんていう感覚はあまりなく、それまでロックを聴いていて「嗚呼、ジャズっていいじゃん」と自然に入っていけたのだと思っている。

その後僕は当然のことのように、マイルスグループから飛躍して行ったチック・コリア、ウェイン・ショーター、ジョー・ザヴィヌル、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、キース・ジャレット・・・・etcなどのリーダーアルバムを聞きながら、ジョン・コルトレーン、チャーリー・パーカー、バド・パウエル、ビル・エヴァンスそれにアニタ・オデイやカーメン・マクレーなどジャズヴォーカルなどにもはまり込んでしまったのだ。

冒頭、「いーぐる」を硬派の・・・と言ったが、「いーぐる」では今でも夕方6時までのコーヒータイムは「私語禁止」である。禁煙ではないのでタバコを吸わない僕にはちょっときついところはあるが、その紫煙の中で壁に埋め込まれたJBLのスタジオモニターから流れる迫力あるサウンドに浸ると、僕はあっという間に35年前に戻ることが出来る。

ちなみに、後藤さんがピックアップされた100枚のアルバムのうち、数えてみると僕は20枚ほどを持っていた。これは数少ない僕のコレクションからするとかなりの数だと思う。そういう意味でも、僕はジャズ喫茶によりジャズに親しんでいき、そこでジャズについていろいろな人と語らい教えていただいたのだと思う。こんな場所が年々少なくなっていくのは本当に寂しいかぎりだ。

四ッ谷駅の近く。新宿通りから階段を下りると「いーぐる」がある。500円のコーヒーを飲みながら過ごす1時間は、僕にとって極上の1時間だ。


ジャズ喫茶四谷「いーぐる」の100枚 後藤雅洋著(集英社新書)  この本を読んでいたら、最近では自宅であまり聴かなくなっていたアナログレコードを無性に聴きたくなってくる。
JAZZの魅力 | 04:33 | comments(0) | trackbacks(0)
オスカー・ピーターソンを悼む
昨年12月に、ジャズピアニストの巨匠オスカー・ピーターソンが82歳で亡くなった。死因は腎不全ということらしい。また巨星が一つ落ちた。

実は僕はピーターソンをあまり聴いたことがなかった。ピアニストというと、ビル・エヴァンス、キース・ジャレット、チック・コリア、マル・ウォルドロン、ハービー・ハンコック、マッコイ・タイナー・・・・・などなど、70年代の初めから暗いジャズ喫茶で本格的にジャズに溺れていった僕の、ある意味突っ張っていた気持ちを満たしてくれたプレーヤー達であって、ピーターソンは古典的でハッピーで正統派でというイメージが強く、あまり好きになれなかったのだ。

ピーターソンの訃報を聞き、僕が持っている数少ない彼のアルバムを出してきて聞いた。
アルバムのタイトルは「ウイ・ゲット・リクエスト・アゲイン」これは彼のトリオの名盤「プリーズ・リクエスト」(1964年)のコンピレーションという位置づけで、日本で企画作成されユニヴァーサルから発売されたものだ。

収録されているのは、「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」「サテン・ドール」「酒と薔薇の日々」「枯葉」など、ジャズスタンダードが盛り沢山で楽しい。「鍵盤の皇帝」と呼ばれていた通り、ピーターソンの超絶技巧を駆使した演奏は、どの曲を聴いても全く安心感がありはずれがなくそして美しい。その意味においては、どんなスタンダード曲も、ピーターソンにかかれば“ピーターソン風”になってしまうのだ

その中に以前このブログで取り上げたことのあるビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デビィ」が収められていて、これが面白い。エヴァンスのデビィは可憐で繊細な感情を持ったおとなしい少女だが、ピーターソンのデビィは明るく活動的でちょっとお茶目な少女だ。レイ・ブラウン(b),エド・シグペン(ds)との「黄金のトリオ」による演奏(1962年)は、とてもリラックスしていて気持ち良い。

このアルバムのタイトルの元になった、前述の「プリーズ・リクエスト」というアルバムの持つ意味は、“アンコールにお応えしますので、何かリクエストはありますか?”という趣向であり、このコンピーレーションアルバムも押しなべて一曲一曲は演奏時間が短いが、どれもピーターソンらしく明るく楽しく且つ精緻で美しい。ジャズにあまりなれていない方にも是非聞いて欲しいと思う。

オスカー・ピーターソンのベストアルバム「ウィ・ゲット・リクエスト・アゲイン」UNIVERSAL UCCU−1040 また一人ジャズジャイアンツが亡くなった。彼のリーダーアルバムは200枚以上に上るという。これらの音源でリクエストに応えてもらうしかない。


三鷹のバー「H」のことは以前にも書いた。昨日は週末の気楽さも手伝って、またふらっと立ち寄った。蝋燭の優しい光の中で、ギネス、シェリー、そしていつものマティー二を楽しんだ。バックに流れるディー・ディー・ブリッジウォーターのちょっとスモーキーなヴォーカルが、心地よい酔いの世界へ僕を誘った。

「ヴァルデ・スピーノ」というブランドのこのシェリーは、アモンティリャードだけど甘さは抑え目で、葡萄の凝縮された味と香りもスマートだ。(酔っ払いとはいえ、あまりに不鮮明な画像でごめんなさい)
JAZZの魅力 | 12:40 | comments(0) | trackbacks(0)
ハービー・ハンコックとジョニ・ミッチェル
昨秋、ハービー・ハンコックの「リヴァー」というCDを買った。ハンコックはマイルス・デイビスのバンドの頃から好きなピアニストで、彼の「処女航海」は時々棚から出してきてターンテーブルにのせている。

あるときラジオの番組で、このハンコックのニューアルバムのことを取り上げていて、聞くとジョニ・ミッチェルへのオマージュというテーマで作られた作品だという。参加ミュージシャンも、ハンコック以外にウェイン・ショーターやデイヴ・ホランドなどのほかに、ヴォーカルであのティナ・ターナーまで参加しているというではないか。これは買わねばと・・・。

ジョニ・ミッチェルは、僕のイメージとしては残念ながらフォーク歌手として、「青春の光と影」や「ビッグ・イエロー・タクシー」を歌い、「サークルゲーム」や「ウッド・ストック」を作ったというくらいのもので、特に好きなミュージシャンではなかった。彼女が80年代からはジャズに傾倒していき、「ミンガス」なんてアルバムを作ったりしていたことすら知らなかった。

で、このアルバムを聞いた感想は・・・・・・。
退屈、そう僕にとっては残念ながら退屈としか言いようがなかった。

このアルバムには、11曲の楽曲が収録されていて、そのうち9曲がジョニ・ミッチェルの作品だ。だからといわけではなく、それら11曲すべてにスローなテンポのアレンジがなされていて、始めから終わりまで変化に乏しい同一曲に聞こえてしまうのだ。

ライナーノートを書いたW氏の表現を借りると、「アルバム全体の統一感、トータル性は評価されるべき。」「ジョニ・ミッチェルの音楽の深い陰影や奥行き、透明感、色彩感、緊張感、繊細さ、思慮深さ、静謐なたたずまい・・・はジョニの音楽の美点」「ハービーのピアノから硬質なリリシズムがしばしばこぼれ落ちる。華やかではなく、甘美でもないが、このリリシズムは気品をたたえていて美しい・・・。」となるのだが、そうかなあ?
全然理解できない。

まあ、アルバムの2曲目に収録されているかつてのR&Bの女王ティナ・ターナーが歌っている「Edith and Kingpin」は,ティナへの思いもあって懐かしく且つ気持ちよく聞くことが出来たけどもね。

やっぱり好きでもないアーティストのトリビュートとかオマージュとかいわれるものを、買った僕がいけないのよね。(反省)

ハービー・ハンコック「リヴァー」 Verve UCCV−1100
ちょっとひどい評価をしてしまったけど、ど素人ジャズファンの戯言と受け流してください。エッ?誰も気にしてない?ガチョ〜ン。
JAZZの魅力 | 21:30 | comments(0) | trackbacks(0)
ジャズ喫茶に行こうー新宿DUG
昨年古希を迎えられた写真家の中平穂積氏がジャズ喫茶『DIG』をはじめられたのは、1961年のことだというから、彼が20台半ばのころということになる。その後67年に『DUG』、77年に『newDUG』をオープンさせ、60年代から70年代におけるモダンジャズの黄金期において、間違いなく新宿におけるジャズシーンをりードしていった。

70年代初めを大学生として東京で過ごしていた僕は、学生運動の残り火、ヒッピー文化(のようなもの)、ぽん引きとぼったくりバー、しょん便横丁と酔っ払い、サラリーマンの洪水、まぶしいミニスカートの女、歌舞伎町の噴水に飛び込む学生、そこらじゅうであった言い争い、歌声喫茶やクラシック喫茶など、目的意識を持たずただ漠然と生きていた自分にとって、妙に新宿という雑然とした町の居心地がよく、裏通りをふらふらしていた。

その頃新宿のジャズ喫茶といえば『DUG』で、大音量のジャズに浸っていると、時々物凄く寂しくなったりしていたたまれなくなり、10分もしないで店を飛び出したこともあるが、たいていは一杯のコーヒーで1時間から2時間“何も考えない”という時間を過ごしていた。

その後『DIG』『DUG』は看板を下ろし、現在は『newDUG』が『DUG』として営業している。

先日、平日の昼間にふらりとコーヒーを飲みに立ち寄ってみた。靖国通りから階段を下りると、レンガ造りの落ち着いた店内には客は少なく、ながれている音楽の音量も控えめだった。若い男性の店員も何故だかニコニコ楽しそうにしていて、それはそれでなぜか自分としては落ち着かなくて、20分ほどで出てきてしまった。

新宿も、もちろん自分も35年前とは違っている。しかし若い頃を懐かしく(あるいは、激しく恥ずかしく)思い、できればその頃の空間に他人としての今の自分を置いてみたいという感覚は、自虐的ではあるにせよなかなか甘美な香りを放っている。

今度『DUG』に行くときは、「思い出横丁」で焼き鳥を食べながら、ビール1本と焼酎のロックを3〜4杯飲んでから行くことにしよう。

新宿の靖国通りの喧騒は、この階段を下りると全く聞こえてこない。新宿も人も変わっていく中で、『DUG』は今後どう変化していくのだろうか。
JAZZの魅力 | 05:14 | comments(0) | trackbacks(0)
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